Brightest Melody

今回は正直時間がないので楽曲について書くのはやめようかと思っていたんですが、Brightest Melodyだけは言いたいことが山ほどあるところに他の人のブログを読んで耐えきれなくなってしまったのでオタク語りしたいと思います。(言うまでもないですが、劇場版のネタバレを当然含んでいます。)

まず、僕はこの曲を「3年生が作った曲」と解釈しています。以降、それを前提にすべての話が進みますので、解釈違いに苦しんだ方はここで引き返すことをオススメします。理由はいろいろあって、例えば
  • 歌詞が全体的に旅立つ側の想いを歌っている
  • 劇場版の劇中、曲の入りで語るのは3年生のみ
  • ラスサビが3年生のみの歌唱
  • 1,2年生はNext SPARKLING!!を作る方に集中している
  • 「私たちだけの」ラブライブ!決勝戦なので、1,2年生へのメッセージも込めて作られていると考えるとBelieve againとコンセプトが同じになる
などです。これに合わせて、歌詞を果南・曲を鞠莉・衣装をダイヤがそれぞれ担当しているという妄想で、果南推しとしてはこのエモ歌詞を果南が書いたかと思って聴くと一層感じ入るものがありますし、果南が書いた「きっと」を、それを受け取るように歌う千歌と考えると、劇場版を通じてテーマとしてきたものがたったその3文字で表されているような気にもなります。 (という話を果南誕のときにもっと丁寧に掘り下げて書きたいと思ってたんですが、不甲斐ないことに時間が足りなかったため断念しました。)

衣装も3年生が作ったという体で話を進めますが、そうすると1,2年生だけの衣装チェンジも3年生の意図ということになります。最初は9人とも青い衣装なのが、3年生だけは青のまま残り、1,2年生は白い衣装に変わります (たぶん上着を脱ぐ感じかなと思います)。この「青」と「白」はかなり意識的に劇場版で使われていて、まず劇中で逃走迷走メビウスループに入る前に、川 (水路?) を3枚の青い羽が流れていきます。青い羽は言わずもがなAqoursの象徴なので (WBNW、WONDERFUL STORIESの歌詞等)、これはAqoursとしての3年生を表しているのだと考えています。そうすると、青い衣装のまま残るのは今のAqoursのまま卒業していく3年生で、今のAqoursではない新しいAqoursになる1,2年生は、今までの色から脱却して、新たな色を探していく白になる、と解釈できます。これが「私たちのことなんて気にせず新しいAqoursを見つけなさい」という3年生からのメッセージの表れかな、と考えています。そしてBrightest Melodyのイントロが終わり、みんなが小指立てた手を上げていくとともに、青い羽は消えていきます。これが9人のAqoursの終わりを表しているようで、切なくもなります。

また、映画の冒頭、幼少期の紙飛行機を飛ばすシーンの最後は三津浜から見た空に青い鳥が飛んでいて、その鳥からは9色の羽が溢れています。一方で、Next SPARKLING!!前にも三津浜でのシーンがありますが、そこでは9羽の白い鳥が羽ばたいています。Aqoursとしてそれぞれの色の羽を見つけたAqoursの9人が、今度はそれぞれに鳥となって新たに羽ばたいていくという表現だと思っています。輝きながら羽ばたく鳥から落ちてきた羽を拾い、それに憧れて追いかけ続け、自分も羽ばたく鳥になったとき、また他の誰かに羽を落とす。これはμ'sからAqoursへ、そしてAqoursから他の誰かへもまた、WBNWでスクリーンから飛び出した青い羽のように、夢から夢へと繋がっていくのかなと思っています。

ここで話は変わるんですが、WONDERFUL STORIESとBrightest Melodyの話をしたいと思います。STORIESは複数形なのに、Melodyは単数形です。Aqoursの物語は1つだけど、楽曲はたくさんあるので、普通は逆な気もしてきます。僕はこれを「同じ夢を追いかけていてもそれぞれの物語があり、歩んで来た道は違うけど、音楽によって想いが、夢が1つになる、それが輝きなんだ」と解釈しています。これはAqoursに限らず、例えばμ'sのSuper LOVE=Super LIVE!の「愛するって歌うことかな」「それが僕らの表現さ」「ひとつになれるそんな気がしたら」という歌詞からもそんなメッセージを感じて、あるいはSUNNY DAY SONGで想いを1つに歌ったスクールアイドルを感じて、ひいては「みんなで叶える物語」を一緒に追いかけるラブライブ!のファンとキャストがライブで歌を通じて一体になる空気感のようにも感じて、いろいろな好きの形を持った人たちが集まっていても音楽で1つに繋がる、そんなラブライブ!がここに詰まっているように感じています。

もう1つこの曲からラブライブ!を感じるところが、「輝いていたいんだ このまま進もう」あるいは「立ちどまらない方がいいね」です。輝いているためには進まなければならない。今までどんなに輝いてきて、それがどんなに愛おしくても、そんな思い出や感傷に浸っていつまでもその場に留まり続けることは、輝きではない。今まで見つけてきた輝きが大切だからこそ、たとえ別の道でも前に進み続けることでしか輝き続けられない。これは劇場版劇中での梨子ちゃんの「私たちの答えは、前に進みながらじゃないと見つけれないと思う。不安でも、やろうよ、ラブライブ!」に通ずるところがあると思います。特にここでの「ラブライブ!」は、劇中では珍しく具体的な大会名ではなく、もっと抽象的な概念を表していて、ある意味で我々ファンから見たラブライブ!に近いところも、「前に進み続けて輝き続けることがラブライブ!なんだ」という感覚を後押ししています。

ラブライブ!シリーズ2つの劇場版において、μ'sは3年生の卒業をもってμ'sをおしまいにしますが、Aqoursは6人でも、あるいは他のメンバーが加わったとしてもAqoursとして続けていくことを選びます。 (ところでAqoursが名前を引き継いで活動することにしたのは、ラブライブ!に名前を残した浦の星女学院とともに名前を残していこうとしているからだと僕は思っているのですが、それはまた別の話。) 選んだ答えは違いますが、僕はどちらも自分たちがこれまでに見つけた輝き、そしてこれからの輝きを大事にするため決断だと思っています。そしてA-RISEやSaint Snowもまた、選んだ道が違うだけで、同じ気持ちだと思います。「輝いていたいんだ このまま進もう」から、僕はそんなスクールアイドルたちの道、そしてラブライブ!を感じてしまいます。

とはいえそうやって綺麗な言葉を並べてみても、やっぱり別れ・終わりは悲しいと正直僕は思ってしまうのですが、「きもちがせつない そのせつなさを抱きしめ」「いつまでもいたい みんなの想いはきっとひとつだよ きっと」という歌詞たちが、そんな気持ちをも同時に受け止めてくれる、そんなところが大好きです。切なくてもいい、でもその気持ちを抱えながらでも前に進もう、そんな若干の寂しさとそれを振り切るように溢れる前向きさ、そしてそこで「サラサラ流れる風」の爽やかさ、新しいことが始まりそうでワクワクする高揚感とすべての感情を許されているような肯定感、1つのシンプルな感情だけではなくいろんな想いが複雑に入り混じっている感覚が、別れと旅立ちに向き合うAqoursの感情を絶妙に表しているように感じて、僕の感情も代弁してくれているような感じもして、すごくしっくりきます。

ライブで聴いたときにどんな感覚になるんでしょうか。もちろん楽しみでもあるし、もしかしたらもうAqoursのアニメの物語ベースのライブはこれが最後かもしれないという切なさもあるし、そんな感情さえもこの曲に詰まっている気がします。

コメント

このブログの人気の投稿

Aqours☆HEROES

キセキヒカル

コワレヤスキ

僕がいい感じになるKeynoteテンプレート「Eli」作った

Märchen Star